ドラギーユ家(どらぎーゆけ/d'Oraguille Family)
サンドリア王室。
サンドリア王国を建国した鉄血王ランフォル・R・ドラギーユの興した王統である。建国以来、絶えることなくその血統を受け継いできている。

王族ないし王族の直系であるため、基本的に公爵ないし侯爵の爵位を持っている。

現代における王室関係者

デスティン国王(Destin R d'Oraguille)
第26代サンドリア国王。
ローテ王妃(Leaute)(故人)
タブナジア侯爵家より嫁した。
トリオン王子(Trion I d'Oraguille)
第一王子。第一子。王位継承権第一位の王太子(The Prince Royal)。
ピエージェ王子(Pieuje I d'Oraguille)
第二王子。第二子。
クレーディ王女(Claidie I d'Oraguille)
第一王女。第三子。
アルテドール侯(Altedour I Tavnazia)(故人)
タブナジア侯国首長、ローテの父
ロシュフォーニュ(Rochefogne)
冒険者

水晶大戦時における王室関係者

ダヴィル卿(Valaineral R Davilles
アルディエーヌ公。近衛騎士団団長。国王デスティンの従弟。
アルテドール侯(Altedour I Tavnazia)
タブナジア侯国首長。タブナジア騎士団長*1

歴代のサンドリア国王

ランフォル・R・ドラギーユ(Lanfeaur R D'Oraguille)(在位:385 ~ 421年)
初代国王。サンドリア王国を建国。「建国の覇王」「鉄血王」とも。
レスヴィエル・R・ドラギーユ(Resviel R D'Oraguille)(在位:421 ~ ???
第二代国王。ランフォルの三男であり、国教会の支援を受け、他の兄弟を異端者として幽閉。「祈望王」とも。大聖堂着工を命ずる。
フェリンジェリ・R・ドラギーユ(在位:??????
「吟王」。天晶490年、凱旋広場建設を命令。王妃と部下(フェルン男爵に裏切られ、フェルンの乱を起こされた。
シャラムビール・R・ドラギーユ(Chalaimbille R d'Oraguille)(在位:??? ~ 538)
ファノエ運河着工を命令。「豪王」とも。
レスヴィエル(2世)・R・ドラギーユ(Resviel R D'Oraguille)(在位:??? ~ 558)
「農王」。第八代国王。戦王の父親、内政を重視した。
アシュファーグ・R・ドラギーユ(Acheufagais R D'Oraguille)(在位:558 ~ 567)
第九代国王。積極的に遠征を繰り返す。チョコボレースの「ドラギーユ凱旋門賞」を創設。異名は「戦王」。
マレリーヌ・R・ドラギーユ(Marelinne R D'Oraguille)(在位:568 ~ 588)
第十代国王。辺境の備えを整備した。「旅王」と呼ぶ史家も。
ドルミリック・R・ドラギーユ(Dormillique R D'Oraguille)(在位:588 ~ 641)
第十一代国王。国際剣闘技大会やバリスタを開催した。茶道が趣味だったが、それが紅茶川事件と呼ばれる事件を引き起こすことになった。「狩王」とも。
シャラムビール(2世)・R・ドラギーユ(Chalaimbille R d'Oraguille)(在位:641? ~ ???
第十二代国王。シャラムビール2世。「美食王」と呼ばれ、シャラムビーチーズがその名を冠しているほか、エッグヘルム彫金師に作らせたことで知られる*2
ルジーグ・R・ドラギーユ(Raigegue R d'Oraguille)(在位:686 ~ ???)
第十四代国王。第二次コンシュタット会戦で敗れ、二王時代の発端となったことで知られる。「狼王」とも。
ハシャンラージュ・R・ドラギーユ(在位:??? ~ 782)
「哲王」。龍王ランペールの父であり、前代の西サンドリア王にあたる。皇太子の時にランペールが産まれており、後に東王派に謀殺された。
ランペール・R・ドラギーユ(Ranperre R D'Oraguille)(在位:782 ~ 832)
第二十四代国王。内乱(二王時代)を鎮め、王国を再統一した。「龍王」の呼び名で敬われる。
グランテュール・R・ドラギーユ(Grantieul R d'Oraguille)(在位:832 ~ 851)
第二十五代国王。「刑王」と呼ばれる。デスティン・R・ドラギーユの父親。宰相ペリデュークと共に改革を進める。刑法を改め王都治安の回復を図るも狩りの最中にオークドッグヴデッグに斬殺される。

その他ドラギーユ家縁の人々

フルミヴォーン・シャーカム
鉄血王の従兄。天晶401年ノルバレンを拝領、初代ノルバレン侯と推測される*3
フェレナン・R・ドラギーユ(Fellenant R d'Oraguille)
狼王ルジーグの弟。西サンドリア初代国王*4?
ギョホンベール・ドラギーユ(Guillauhonbert R d'Oraguille)
815年当時の東サンドリア王。二王会戦にて龍王と争い敗北する。
ナフィベール・ドラギーユ
ギョホンベールの息子。816年バストゥークの支援の元、東サンドリア派残党に担ぎ出され、ノルバレンに独立国家樹立を宣言(三月王国事件)。

フルミヴォーン・シャーカムやナフィベール王子については綴りは公開されていないが、海外の翻訳サイト*5ではPhulmvonne Shahkam、Naphberreなどの綴りをあてている例も見られる。

「ドラギーユ」? 「オラギーユ」?

純粋な王室の家名はオラギーユ(Oraguille)なのだが、サンドリアの固有名詞には言語イメージとしてフランス語が取り入れられているため、英語のofにあたるフランス語の前置詞ドゥ(de)が母音の前で d' となり(エリズィヨン)、日本語ではドラギーユ城シャトー(Château) ドラギーユ(d'Oraguille))などのように「d'Oraguille」を「ドラギーユ」と発音するようになっている。

ちなみにドラギーユ家に相当するフランス語は「レ・ゾラギーユ(Les Oraguilles)

なお、ドラギーユには"d'Oraguille"と"D'Oraguille"いう両方の書き方がある。dは前置詞なので小文字の方がフランス語に沿っているが、ゲーム中や資料でも小文字大文字の両方が使われており、統一はされていない。スクエニ的にはどちらでも良いということなのかもしれない。

関連項目

サンドリア王国】【タブナジア侯国
*1
辺境(在郷)騎士団として王国軍に組み込まれている模様。
*2
→エッグハント (2007/04/02)より。
*3
水晶大戦時のノルバレンフェルドロット・I・ルーアンとの関係は不詳。
*4
第十五代国王扱いと推測される。
*5
北米プレミアサイトのAllakhazam.comなど。
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