宋から元の時代の中国で用いられていた手榴弾の元祖とでもいうべき爆弾。
日本では国宝「蒙古襲来絵詞」に「てつはう」という名で記されており、鎌倉後期の元寇の際に使用された。蒙古襲来絵詞の右上あたりで
炸裂しているのが「てつはう」である。
漢字表記では「鉄炮」だが、実際には手榴弾に近い兵器であったようだ。
戦場となった長崎県松浦市の海底より引き上げられた遺物によると、掌サイズの陶器質の球状の殻に、青銅や鉄などの金属片に、火薬や
硫黄などを詰め込んだ構造をしており、導火線で点火させて時限式で発動させた
投擲武器であることが解っている。その重量は約4kgほどであったようで、手で
投擲するにはかなり重いため、何か
投擲具があったのではないかと言われているが、資料が「蒙古襲来絵詞」と「八幡愚童訓」に僅かに書き記されている程度のため現在でも結論がでていない。
尚、中身にマキビシのような尖ったものを入れたものは「西瓜炮」と呼ばれていた。
ちなみに松浦市では「てつはう」というこれを模した菓子が名物として売られている。