Schultz

Schultz(しゅるつ) / 逆引
バストゥーク共和国の英雄の一人。
フルネームはグンサー・シュルツ(Gunther Schultz)。生没年:天晶暦664〜701。

元・第二共和軍団参謀長。

画家を志すも生計が立てられず、止むなく戦争画家として従軍。しかしその時に戯れに描いた敵の行軍予想図がことごとく的中し、参謀部がスカウト。以後、クゥダフ討伐やガルカ傭兵の乱、バルクルム紛争などを勝利に導き、名声を得る。第二次コンシュタット会戦では、壮大な包囲戦で共和軍団を勝利に導いた。

その神算鬼謀のバックボーンにあったとされるのが、戦術魔道大典「グリモア」である。グリモアウィンダス連邦のかつての大魔元帥ルンゴナンゴ(Lungo-Nango)の遺した魔道書に由来する、魔法と用兵術を組み合わせた軍学書とも言うべき書物で、シュルツはこれを収集、ときに独自の注釈を加え、現実の戦争に適用できる形へと纏め上げた。
その研究はシュルツ流軍学として後進に受け継がれ、ヴァナ・ディールに多くの軍学者を生んだ。これら学者の知略がクリスタル戦争においてアルタナ諸国の勝利に大きく貢献することになる。

しかし、グリモアは肥大化し、戦術書や魔道書の枠を超えた百科事典的なものとなり、膨大な情報量と物理的サイズゆえ用いるのに一苦労する羽目になる問題点も現れた。

シュルツの戦略論を執筆後、惜しまれつつ退役。カザムに渡り、静かに絵を描きつつひっそりと余生を過ごしたらしい。

シュルツの戦略論は、デュナミス-ザルカバードデーモンNMなどがドロップするが、なぜデーモンなのか。デーモンNMCount Bifronsヒュームの軍師に乗り移っていた時期があるらしく、そこで戦略を学んだという記述がある。それらが示唆する事実とは……。

シュルツII世

なお、水晶大戦時にもグンサー・シュルツを名乗る人物(画像:右)が登場している。

その博識はかつての名参謀シュルツを髣髴とさせ、またシュルツ流軍学で悩みの種となっていたグリモアの携帯化・検索の簡易化を実現させ、シュルツ流軍学の第一人者としての地位を確立していた*1

シュルツII世」と呼ぶ者もいたらしいが、本人は自らを「いまだ学究の徒」と呼んでいたらしい。
…のだが、その性格はどこか浮世離れしており、獣人軍の補給部隊に紛れて前線に赴き門下生を驚かせるなど、突飛な行動は日常茶飯事であったようである。

(右側の白のグリモアを開いている方がシュルツ)

なお、彼の装備スカラーアタイア一式ではなく、写真の通り帽子が違い、地味に手袋もスカラーブレーサーとは異なっている。

関連項目

Schultz/ネタバレ】【第二次コンシュタット会戦】【シュルツ流軍学】【学者

外部リンク

→公式:読み物:戦場の魔術師「学者」(2007/11/05)
*1
余談だが、グリモアの肥大化とその解決の経緯は、インターネット(ウェブ)の普及とGoogleに代表される検索エンジンの登場に相似しているように見える。