害人

害人(がいじん) / 逆引
外国人の中の迷惑プレーヤーを指す蔑称。日本語が話せない海外の厨房DQNといった意味合いで使われる。また逆に一部の道徳的や日本語理解力の稚拙な日本人に対しても(まるで同じ日本人とは思えない、と言う皮肉を込めて)用いられる事もある。

一般に厨房と呼ばれるプレーヤーは、ルールやマナーが通用しなかったり、相手に対して失礼という気持ちも持たない場合が多い。日本人同士であっても困った問題であるのに、ましてや相手が外国人となると言語の壁があり、英語(あるいは日本語)を話せない人にとっては、意思の疎通そのものが不可能であり、解決不能なトラブルとなることも少なくない。

わざわざ外国語を使ってまでコミュニケーションをとる必要を感じない人にとっては、互いに関係することそのものが苦痛であり、ブラックリストに入れてしまうなど、頭から無視するのが最善手と考えることが多い。極めて排他的な対応ではあるが、上記のような人にとっては仕方の無いことかもしれない。

現在のFF11がグローバルサーバ(混合鯖)である以上、害人と呼ばれるような海外の厨房プレーヤーに出会う可能性は誰にでもあり、中にはそれが現在のヴァナ・ディールにおける重大な問題点と捉えている人もいることは事実である。

害人の主な特徴

(※shout連打など、人種を問わない場合は記載していない。日本人も含まれるそういった迷惑行為は「DQN」を参照。あくまで、一部日本人が考える害人像や「害人ならでは」の行為として例示してある)

害人の最大の問題点は、言葉が通じないと文句の一つもつけられないという点*4である。
また、苦労の末に通じたとしても日本人DQN同様に、注意された言動に対して認めない・無視・罵倒・口先だけでまた同じ過ちをする、など改善が見られない場合もある。

NAサービスの開始直後から、害人プレイヤーからの被害により「害人から被害を受けない為には外国人と関わらないのが一番」と言う自衛策に到ったプレイヤーも数多く存在する。それは時間を経た現在でも、外国人プレイヤーには「ハズレ」が多いという印象として根強く残っている。
結果、サチコメに【英語】【せっかくだけど遠慮します。】や「JP Only」と書き込む日本人が多いのも止むを得ない現象と言えるだろう。そして言語別鯖を望む者も少なくない。

もちろん害人ではない普通の礼儀正しい外国人プレイヤーもいることを忘れてはいけない。
そうした普通の外国人もまた、害人による被害者なのである。

この問題の根幹は、国籍に関わらずマナーを守らない者もいれば、守る者もいることである。また、文化の違いからくるトラブル*5や、言葉が通じないため誤解を解くのが難しいことも、この問題を複雑にしている。

習慣や考え方の違いについて

習慣や考え方の違いから、実は害人とは言えない外国人まで害人と感じてしまう日本人も相当数いる。
日本人と他の様々な外国人との考え方の違いは、一般化すると多岐に渡り過ぎてここで説明するのは困難である。*6
しかし、よくあるヴァナ・ディールの一光景を例に解説を試みることで、日本人プレイヤーの理解の助けになればと記述することにする。

外国人が「○○を買いたいので、ギルをくれないか?」または「○○クエストをやりたいので手伝ってくれないか?」と突然言ってきた時、日本人は「全く他人なのに、急にそんな事をいってくるなんて、何とあつかましいんだろう。常識がない。礼儀がない。ずうずうしい=また害人が」と思う。
日本人の常識で言えば、これは「クレクレ寄生」に当たる行為に近く、一歩間違えれば厨房認定も普通にあり得る行為である。

しかし、この頼みごとを突然言っている外国人の心情は多くの場合、
「私はギルを分けて欲しいと思っているから『くれないか』と頼む。手伝って欲しいから『手伝ってくれ』と頼む」
だけなのだ。

自分が言いたい事を言い、頼みたい事を頼むのは、海外特に欧米においては当たり前の行動なのである。
そしてそれは自分がそうするだけでなく、相手もそうするものだ(相手が嫌なら断るのが当たり前、頼みたい事があれば頼むのが当たり前)と考えている*7

多様な人種や民族が混在する国・地域では、自分が想像するだけでは相手が何を考えているか判らない事も多い。それは相手にとっても同じで自分が何を考えているか、黙っていては相手には絶対に判らない。
そのため自分は言いたい事を主張し、自分がしてほしい事を声に出して要求する。相手にもそうしてもらう。お互いが皆がそうしあう事で理解し合い回っている社会で生きている人々なのだ。逆に日本においては、人口の大半が日本人であり、意思疎通の多くを日本人同士で通じる「相手の意図を察する、空気を読む」ことに頼っているため、外国人と交流したり海外で生活する際、たびたびお互いに誤解や偏見を生む原因の一つとなっている。

たとえば外国人が「ギルを分けてくれないか?」と頼んだ後、日本人が「イヤだけど返答をあやふやにしている」と言う状況はよくあるが、その時多くの外国人は「どうしようか迷っているのだな」と見たままに考える。
日本人なら「イヤなのだな」と分るが、「迷っている」と考えた彼らは更に要求を強く伝えようと言葉を重ねてくる。また、クエストの手伝いを頼んで日本人がついてきてくれたら、実は渋々であったとしても彼らは「手伝いに来てくれたということは本心から手伝いたいと思ってきてくれた」と見たままに考える。

遠く離れた島国の異文化の人達(この場合、日本人)がする発言・行動の、心の裏側まで読んで気遣ってくれるとは期待しないほうがよい。言動として表れたものによって内心を判断されることになる*8

「実は嫌だがギルを渡す」とか「断れないから仕方なく手伝う」という日本人の行動は多くの外国人にとって理解し難い奇妙な行動に映る。日本人の心境を知ると「嫌ならなぜ嫌と言わないのだ? 理解できない」と驚くだろう。この辺りが日本人外国人で大きくすれ違う点だと考えられる。
日本人は全くの他人であってもアッサリ断れない。日本では「NO」とハッキリ拒絶することが失礼に当たる、という考え方が強いためだと思われる。それは他の国に比べて日本人が他者との争いや揉め事を回避したがる気持ちが強いのかも知れない。

しかしギルを渡した後に「害人にせびられた」とか渋々クエストを手伝い上手くいかなかったとき「害人に酷い目に遭わされた」などと外国プレイヤーに聞こえない場所(/tell/linkshell)で愚痴を言っているのを聞くと、「日本人は損をしているな」と思わされてしまう。
イヤな時はもちろん、気が乗らない位でもハッキリ「NO」と言ってみよう。あやふやな返事でなければ大抵の外国人は「そうか。OK」と別の人に頼みに行くだろう。このように外国人と考え方の違いを知っていれば、彼らと接したときに「また害人だ」とイヤな思いをしないですむ事もけっこうあるはずだ(外国と言っても様々であるし、また本物の害人を擁護するための解説ではないことを付記しておく)。

ただ、現在では日本文化と他の外国文化における基本的な『倫理観』に大きな差異はない*9。寧ろ差異を引き合いに出す事そのものが言い訳に過ぎない事を憶えておいて貰いたい。『文化の違いが有るから』とこちらが引くのではなく、堂々と『私はこう思っている』と伝える事こそが重要と言う事を忘れないようにしよう。

特定の外国人害人であるかの議論を行うよりもむしろ『自分が外国人プレイヤーから害人と見られぬように努力する』ことこそが大切だ。


関連項目

グロバカ
*1
「JAP」を蔑称だと知らずに使っている場合があることに注意。その場合指摘して改めれば外国人、指摘しても改めない、あるいは知りつつ使って悪びれないのが害人である。
*2
英語が話せないから外人は誘わない、という日本人に多い傾向に比べると、何とかして現状打破しようという姿勢として認めることが出来るとも言えるが、大半は事前確認を行わずに無言でリーダーを渡してから依頼するといった流れを採るため、悪印象のみ残ってしまうようだ。誘われた方も説明がなかった場合「騙された」と感じてしまう可能性が高いため、あまり賢い手段とは言えない。
*3
この傾向は日本人側にも顕著である。外国人の一部は日本に好意的な海外留学生も多く、英語を話すが日本語も理解できる人が多い。
*4
タブ変換で大ざっぱに注意することはできるが、それで済む問題ばかりでは無い。
*5
パーティの組み方や補充の仕方も考え方が異なる場合すらある。
*6
以降の文章では便宜的に「日本人」「外国人」という区別をしているが、もちろん世界には様々な国や文化が存在し「外国」と一括りにすることはできない。また、現在の世界は多民族が共生する社会であるため、日本人が非日本人に対してよく用いる「外人外国人(英語ではforeigner)」という言葉は排他的・閉鎖的でネガティブなニュアンスとして捉えられることが多い。そのため海外プレイヤーに対しては国籍や地域によって呼称を区別することが望ましい。
*7
但し、実際は多くの外国人プレイヤーの間でも、寄生はまだしも『金をくれ』等のクレクレ行為はかなり下卑た好まれない行動として認識されている。事実として見知らぬ者にクレクレを行う者(特にお金)は『失せろコ○キ』とまで罵られ極度に嫌われる傾向にある。
*8
直接聞いて見ない事には相手の真意が掴めないので『考えない事にしている』というニュアンスが正解。実際は結構裏を探ってくる。欧米では互いの言動を額面通りに判断するため、自分の発言に裏を含ませて相手の真意を探るのが彼らの思考・発言セオリーである。
*9
相当な昔の話と違い、現在は情報伝播の速さと世界の多様性から、国古来の根本的な文化的違い以外は些細なものとなっている。